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インタビュアー
福津京子
コミュニティーFM放送局長を経て2012年4月に独立。現在は札幌の魅力ある人材を動画で毎日配信するのがライフ&ライスワーク。取材・撮影・編集・掲載まで、全部一人で行っています。(第1211回以降の編集はオフィス・福津のスタッフが担当しています)2015年11月2日(第1001回 ゲスト:秋元市長)よりJCOM札幌にて番組化され、現在は月・火・水の放送です。放送日の翌週、このサイトにアーカイブしています。
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札幌人図鑑 › 2017年09月

2017年09月20日

第1357回 北海道教育大学学長 蛇穴治夫さん

教員養成のためだけの大学と思われがちだが、今は社会から様々な多様性が求められることから、道内5つのキャンパスのうち岩見沢校と函館校は、芸術・文化・地域学など特色を出している。大学で学んだことを生かして地域を活性化していくような学生を育てたい。今日のゲストは北海道教育大学学長の蛇穴治夫さんです。教育大学に勤務して30年。誤解を恐れず話すと、実は北大理学部の頃は研究者になりたかった。しかし狭き門だったので就職先として教育大を選ぶ。入った以上は良い先生になりたくて張り切って授業をしていたが、ある学生が「先生もいつかは大学へ戻るんでしょ?」と訴えてきて驚いた。この授業は理学部でやる内容じゃないかと。小学校や中学校の教職を目指す彼が学びたかったのは、授業を通じてどう人間形成に関わっていくかだった。優秀で意欲的な学生に気づかせてもらったと振り返ります。



国立大学法人 北海道教育大学

  

Posted by 福津京子 at 07:00Comments(0)大学学長

2017年09月19日

第1356回 北星学園大学学長 田村信一 さん

3年前に校舎をリニューアル。アクティブラーニングの為の施設やラウンジが学生に大好評。大学が小さなぶん、教員と学生の関係が親密なのはいい所だと思う。就職支援課にも人を多く配置し、学生の話をじっくり聞き内面からサポートできると語ります。今日のゲストは北星学園大学学長の田村信一さんです。小学校の先生は理科教育の大家で、授業をやめてよく植物採集に連れて行ってくれた。中学時代はワンダーフォーゲル部。顧問の先生は生徒よりまず自分が先に野山を楽しみ、生徒にも「おいで」と誘ってくれた。教育の原点だと思う。高校では山岳部へ。ドイツで暮らした事もあるが、ずっと自然が近くにあった。だから自然の近くで暮らせる事は、札幌へ住む決断をした大きな理由の一つ。今も平岡の自宅から学校まで2キロの道のりを、毎日歩いて通っていると語ります。



北星学園大学



  

Posted by 福津京子 at 11:54大学学長

2017年09月18日

第1355回 札幌大学学長 鈴木淳一さん

今年は創立50周年ということで、さまざまな記念行事を企画している。自分は今も週に7つの授業を持ち柔道部の顧問をしているが、学生に身につけて欲しいのは、お互いの気持ちを判り合う、伝え合う能力だと語ります。今日のゲストは札幌大学、および札幌大学女子短期大学部、学長の鈴木淳一さんです。中学の頃「カラマーゾフの兄弟」という本が好きでロシア文学に興味を持った。実は大学進学に興味は無かったが、高校の世界史の先生が「ソ連の大学ならタダで行けるから行ってみたら?」と教えてくれた。聞けば当時、ソ連から見た日本は開発途上国で、無料で進学できる制度があるという。それならと教えられた通り日ソ協会へ行ってみると「残念、君の年から途上国じゃなくなるよ」と言われてしまう。そこで当時としては珍しかった、ロシア文学の学べる北大へ進学したと振り返ります。



札幌大学

  

Posted by 福津京子 at 10:48Comments(0)大学学長

2017年09月13日

第1354回 北海学園大学学長 安酸敏眞さん

高校時代、クラスの8割が医学部志望なことに違和感を感じ京大工学部へ。しかし入ってみると研究より企業との結びつきが多く、思っていたのと違ったと感じる。2年になった頃、学生が2名減っていることに気づき、聞けば「文学部へ移った」という。そんなことができるのかと驚き、自分も人文学部へ学部転向を決めたと振り返ります。今日のゲストは北海学園大学学長の安酸敏眞さんです。京大大学院を卒業後、アメリカとドイツで学び学位も取得。アメリカでは日本の教養にあたる「リベラルアーツ」を4年間学んだ。教養は専門より低く見られがちだが、日本でも国際基督教大学など4年間学ぶところもあり、本当の自由人になるために必要な学問だと感じている。建物を建てるには基礎をしっかり。人づくりも同じだと思う。しっかりした人間性を身につけたグローバルな人材を育てたいと語ります。



北海学園大学


  

Posted by 福津京子 at 07:00Comments(0)大学学長

2017年09月12日

第1353回 札幌医科大学 理事長・学長 塚本泰司さん

研究に20年を要した自家骨髄間葉系幹細胞治療が臨床試験で証明され、現在保険診療ができるよう申請中。前立腺癌や大腸癌には「ダ・ビンチ」というロボット手術を。大学病院の使命は地域の方々に最新の医療を届ける事と、最先端の医療を追求する事だと語ります。今日のゲストは北海道公立大学法人 札幌医科大学 理事長で学長の塚本泰司さんです。学生時代は新聞記者になりたいと思っていたが医学部に就職案内は来ない。問い合わせると「終わりました」と言われびっくりした。泌尿器科は論理ではなく情緒で選んだが、結果的に先輩にも後輩にも恵まれ楽しかった。大学病院を1年早期退職し、試験を受けて慶應義塾大学大学院経営管理研究科へ。卒業後は医者をしながら地域包括ケアなど地域貢献ができると思っていたけれど、昨年、縁あって学長に就任したと振り返ります。



北海道公立大学法人 札幌医科大学

  

Posted by 福津京子 at 08:20Comments(0)大学学長

2017年09月11日

第1352回 北海道大学第19代総長 名和豊春さん

今日から学長シリーズがスタートします!

今日のゲストは北海道大学第19代総長、名和豊春さんです。北大工学部建築工学科卒。化学や物理が好きだったので、先生の勧めで秩父セメント株式会社へ。研究をたっぷりすることができ、日本で初めての45階建てビル建築を可能にする新製品を開発した。学会で発表する機会が増えてきた頃、縁あって北海道大学へ。研究を深める中、世界的研究教育拠点の形成のための重点的支援を行う「21世紀COEプログラム」代表10人に選ばれ、より幅広い領域を見られるようになった。大学のいいところは、聞ける相手がいるところ。自分が学生時代、見ず知らずの先生に菓子折りを持って訪ねに行った事もあると笑う。自ら考え、動き、未来に挑戦する。そんな学生を増やしていきたいと語ります。



北海道大学



  

Posted by 福津京子 at 12:00Comments(0)大学学長

2017年09月06日

第1351回 テクニカルフィンガーズ てっちゃんとさくまん

親を説得して行った初めての海外旅行がケニア。最初に訪問した小学校で気に入られ、あちこちで演奏。スラム街で400人の子供たちを前に演奏し、その動画の反響も大きいと語ります。今日のゲストは、デュオユニット「テクニカルフィンガーズ」、盲目のギタリスト・柴田俊也さん(愛称:てっちゃん)と、目隠しロック三味線・佐久間信語さん(愛称:さくまん)です。三味線を習い始めて4年目だったさくまんが「琴似に盲目のマッサージ師のギタリストがいる」という評判を聞き会いに行く。すると音楽談義で盛り上がり初めてのセッションで意気投合した。小さい頃から音楽が好きでギターを始めて15年のてっちゃん。ずっと誰かと音楽をやりたかったけど、周りにそんな友達はいなかったと振り返ります。



問い合わせ:サンライト・アビリティーズ

  

Posted by 福津京子 at 09:39Comments(0)障がい当事者音楽を楽しむ人

2017年09月05日

第1350回 新琴似音楽祭2017 近藤亘さん

「音楽でしんことにを元気に!」が合言葉。新琴似中央公園を会場に開催して今年で3年目。初年度は「100人来るかなぁ」と思っていたのに9000人も来てくれて驚いたと語ります。今日のゲストは新琴似音楽祭2017実行委員長の近藤亘さんです。父の代からここで商売をしてきた。日頃お客さんに助けられて商売をしているんだから、地元の皆さんに喜んでもらおうとライブを開催。だが3年前、大雨でお客さんもまばら。残念だった。そこで商店街の若手4人で酒を飲みながら「自分たちが楽しい音楽祭をやりたいね」と盛り上がり、定期的に作戦会議。一人5千円づつ出し合い、それを元手に動き始めます。



新琴似音楽祭2017

  

Posted by 福津京子 at 07:00Comments(0)まちづくり

2017年09月04日

第1349回 医学博士 陶恵栄さん

みんな健康のために色々勉強するけれど、知識のある人が健康というわけじゃない。実践した人だけが健康になることができる。そのきっかけづくりが、今の自分の仕事と語ります。今日のゲストは陶氏診療院・院長、漢方アロマ 療養師育成校校長、医学博士の陶恵栄さんです。上海の大学では西洋医学を学んだ。軍医として勤めた事も。その後上海の病院で肝臓専門医となったが、肝臓病の流れはほとんど決まっており、治療をしてもそれが変わることがないことにショックを受ける。西洋医学とは何なのかと悩み、妻と相談して留学を決める。祖母が函館にいた事もあり、アメリカではなく北大へ。骨髄移植で博士を取ったが、望んだ医学は学べなかった。しかしその間、植物状態だった女子大生に鍼治療を施し回復させた事から中国医療を学び始め、患者さんにたくさんの事を教わったと振り返ります。



陶氏診療院


  

Posted by 福津京子 at 07:00Comments(0)医師